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7話 威風堂々

last update Data de publicação: 2026-05-14 18:00:42

──イギリス人作曲家エドワード・エルガーの「威風堂々」その中の『希望と栄光の国』は「イギリスの第二の国家」と言われる程、本国イギリスでは長年愛され続け、歌詞も付けられている。

 イギリス国内以外でも一度は耳にしたことがある有名フレーズだ。

 そんな世界に愛される曲が「天才 御神の手」によってどんな風に味付けされるか、皆が固唾を飲んで瞬間を心待ちにしていた。

 ◇

 先生が出てきた瞬間、ホールの空気が一瞬にして変わる。

 全観客が「御神音楽」の世界に引きずり込まれ、行進のファンファーレと共に私達を連れて行った。

 ──圧巻

 その二文字しか出てこなかった。

「ブラボー」

「ブラボー!」

「パチパチパチ…」

 割れんばかりの拍手と、観客総立ちのスタンディングオベーション。

 王道の演目の中に、鮮烈な威厳と威圧感。力強さと気品。

 エルガーの最大限が引き出されていた。

 鳴り止まない拍手の中、再度、御神 貴志が登場し、会場のボルテージは最高潮となる。

 観客の拍手に応え、優雅にお辞儀をし指揮台に再度登壇した。

 エルガーのもう一つの名曲。

「愛の挨拶」がはじまった。

「まさか、これ持ってくるとはね。あの貴志が」

 小さな声でポツリと高科先生が呟いた。

 エルガーが恋人にプロポーズする際に贈ったと言われる名曲。

「ぇ? ピチカート?」

 第一バイオリン以下、弦楽器全員が弓を置き、指先だけで旋律を優しく奏で始めた。

 フルオーケストラでのピチカート。音程が一切狂うことなく完璧なユニゾン。

 甘く耳元で囁くように優しく包まれるような空気に、自然と涙が溢れる。

「おいおい二千人の観客の前で堂々と愛の告白かよ。やってくれたな」

「え?」

 私はその言葉の意味が分からず、学長の顔を思わず見た。

 由紀様は、微笑むだけで特に何も言わなかった。

「これでまた日本で行動し難くなるね」

 アンコールの「愛の挨拶」が終わった後、神は優雅に手を広げたかと思うと、胸の前にそっと手を置き、腰を落とし本来なら女性が行うカーテシーに似た挨拶を、ゆっくり優雅に行い、にっこり微笑んだ。

 嘘! 御神 貴志が 舞台上で笑った?

 初めて見たかも!

 公演後の挨拶は毎回見るけれど、こんなにはっきり優しく微笑んだ姿って!

「おいおい……あいつ分かってるのかよ。自分が何したか。明日の新聞のトップは決まりだな」

「行くぞ桜井。出れなくなる。急げ」

「え?」

 ホールの出口に急ぐ高科先生の後を追いかける。

 ドアの外からも聞こえてくる鳴り止まない拍手と悲鳴とも言える感嘆の声に驚いたが、それ以上に驚いたのは報道陣の数だった。

 高科先生と学長に付いて急ぎホールを後にし、この後用意されている「凱旋祝賀会」会場へ向かった。

「あ、桜井お前、絶対何か聞かれても答えるなよ。日本で住めなくなるよ? 俺の姪っ子で付いて来た。それ以外言うなよ」

「住めなくなるって大袈裟な……」

「明日になったら分かるさ。日本中が、御神 貴志で埋め尽くされているさ」

「ええええ?」

 え? 

「そんな神のような男が、一学生の後見人になったって知られてみろ」

「……」

 高科先生の言う通りだ。私があれだけ彼に陶酔したぐらいだ。私と同じような、いやそれ以上の熱烈なファンが居てもおかしくない。

 寧ろ世界中にファンが居る、世界の御神なのだから。

 今日の公演で新たなファンが増えるのは目に見えている。

 しかも母国日本での公演。

 先生が言うように、明日のニュースや新聞のトップ記事に踊るのは間違いない。

 ロビーに溢れる報道関係者。入りきれない人達が溢れた道の沿道。

 その全てが「御神 貴志」を知ることになる。

 考えただけで、震えが止まらなかった。

「そうね。貴志との関係は極秘に暫くした方が良さそうね……」

「何かすいません」

「いえ。寧ろ謝らないといけないのは、私の方だわ。貴志のせいで貴女が自由に動き辛くなったら申し訳なくて」

「まぁ帰国したらどうせ直ぐバレるだろ。貴志が大人しくしているとは思えないしね」

「……」

「俺も責任重大だなぁ。これで絶対ツイゴネル失敗出来なくなったな」

「失敗って先生。縁起でもない……やめて下さいよ」

「あ! 先生から連絡来た!」

「は?」

『プレゼントだ。高科にCDにして貰え。世界に一枚しか存在しない。大事にしろよ』

「嘘おおぉお! 未発表の?」

「ん? 何て?」

 私は画面を高科先生に見せる。

 俺は、驚きより倒れそうになった。

 未発表作を、他人にしかも生徒にやる?

 本来著作権は「Mカンパニー」のはずだが、アレは二度と音源化して世に出さないってことか……

「これさぁ君、一ヶ月後にもし退学になったら、売ったら一生食っていけるよ?」

「何てこと言うんですか! 売らないですし一生宝物にしますから! そして落ちませんから!」

 才能に惚れただけだよなあ? 

 まさか……それはないか。一回り近く離れているんだぞ。

 高科だけはこのとき違う心配をしていた。

「着いたようね」

 学長の声で私は背中を伸ばす。

 颯爽と歩く王子と姫の後から迷子にならないように付いて行く。

「キョロキョロするなよ? 一応は俺の姪っ子だからね?」

「はい……」

『御神 貴志 日本凱旋公演祝賀会会場』

 大きな看板が立てられた入り口で、学長が招待状を出すと皆が深く頭を下げる。

「本日はおめでとう御座います。由紀様」

「先生おめでとう御座います」

「ささ、此方へどうぞ」

 学長、いや「御神 貴志」の姉ピアニスト御神 由紀が中央に歩いて行く。ざわついた会場内が静かになり、道を皆が開ける。

 その後ろを隠れるように私はそそくさと付いて行った。

 ──暫くの時間が経つ。

 皆が神の到来を待ち構えていた。

 その時だった。

 前のドアが観音開きに大きく開いた。

 燕尾服を着替え、真っ白なスーツに身を包んだ帝王がゆっくりと入って来た。

『皆様、お待たせしました。御神 貴志さんの登場です』

 司会者の紹介で皆の視線を一身に集めた彼は、高揚した表情で皆に軽く会釈をした。

「本日はお忙しい中、お越し頂き有り難う御座いました。日本の皆様に音楽で楽しんで貰える時間を持てたことに、音楽家として最高の栄誉です。今後とも日本の音楽の発展に精進していく所存で御座います。有り難う御座いました」

 珍しく、御神先生がちゃんと挨拶し頭を下げた。

 その姿に会場に居合わせた皆が感動し、惜しみない拍手で称えた。

 その後、先生は報道陣や関係者に囲まれ、本当に手の届かない存在となった……

蒼良 美月

◆◆おまけ◆◆ ピチカート:弓を使わず、指で弦を弾いて音を出す演奏。とても優しい音になります。 ユニゾン:同音、同旋律の同時演奏。 ハーモニーは違う音を重ねること。

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